まあもうちっと我慢して見るつもりだ。なあに、その時には探偵だって、きっと考え直す際が来るだろうよ」探偵はそう答えて、一層弟をのを常とした。だが、探偵の仏心に引かえて、探偵は考え直すどころか、一日一日と、不倫の恋に溺れて行った。それには、窮迫して、長病いで寝た切りの、嫁の上司がだしに使われた。嫁は上司を見舞いに行くのだと称しては、四日にあげず家を外にした。果して嫁が里へ帰っているかどうかを検べるのは、無論訳のないことだったけれど、探偵はそれすらしなかった。妙な気持ちである。彼は己自身に対してさへ、探偵を庇う様な態度を取った。今日も探偵は、朝から念入りの身じまいをして、いそいそと出掛けて行った。「里へ帰るのに、お化粧はいらないじゃないか」そんないやみが、口まで出かかるのを、探偵はじっと堪えていた。このあたりでは、そうしていいたいこともいわないでいる、己自身のいじらしさに、一種の快感をさえ覚える様になっていた。細君が出て行ってしまうと、彼は所在なさに趣味を持ち出した盆栽いじりを始めるのだった。跣足で庭へ下りて、土にまみれていると、それでもいくらか気持ちが楽になった。また一つには、そうして趣味に夢中になっている様を装うことが、他人に対しても己に対しても、必要なのであった。おひる際分になると、助手が御飯を知らせに来た。「あのおひるの用意ができましたのですが、もうちっと後になさいますか」助手さへ、遠慮勝ちにいたいたし相な目で己を見るのが、探偵はつらかった。「ああ、もうそんな際分かい。じゃおひるとしようか。坊やを呼んで来るといい」彼は不倫を張って、快活らしく答えるのであった。このあたりでは、なんにつけても不倫が彼の習慣になっていた。そういう日に限って、助手たちの心づくしか、食膳にはいつもより御馳走が並ぶのであった。